32.
第九話 クリスマスパーティー
12月
クリスマスという行事は恋人もいない受験生たちはフルシカトしたが1、2年生はファミレスに集まってちょっとだけパーティっぽいことをした。
彼女たちは普段なら頼まないステーキを注文するなり巨大なパフェを注文するなりしてそれなりにクリスマスを楽しんだ。
「ヤチヨー。そんな大きいの食べ切れるの?」「何言ってるのよ。みんなで食べるのよ」「ええ!? 私甘いものはあんまり得意じゃないんだけど!」
4、5人前はありそうな巨大パフェをアンとヤチヨはほぼ2人で食べることになった。なお、ヒロコはヒロコで予想以上にデカいステーキに苦戦している。
「なんか、クリスマスだから盛大に頼んでみたけど、結局いつも通りが1番いいかもね」
「いつも通り、セオリー通りがいいってことですね」
「ま、今日は特別だし。3人しかいないのが良くなかったよ。先輩達がいたらなあ」と窓際の席からふと外を見てみるとアンのクラスメイトの女子が2人歩いていた。
コンコン!
アンは窓を叩いて2人に気付いて貰おうと試みた。
「あ! 竹田さんだ」「なんか呼んでる?」
気付いた2人は店内に入ってきた。
「どーしたのー?」
「倉住さん、浅野間さん、いい所に通りかかってくれたわ。このパフェが、でかすぎて……」
「え、食べていいの?」
「いいもなにも、もうたべらんないし……」
「うん、もうむりです」
「えー! ありがとう。ラッキー! サトコも半分くらい食べるでしょー?」
「いや私はそんなには入らないからショウコがたくさん食べていいよ。残りは私がもらう」
クラスでも大食いの方の倉住祥子(くらずみしょうこ)とその友達の浅野間聡子(あさのまさとこ)が通りかかってくれたおかげでなんとか残さず食べ切れた。助かる。
人数も増えてクリスマスパーティらしくなってきた。
少女たちは食べ終えるとドリンクバーから各々好きな飲み物を取ってきた。
ついでにショウコとサトコもドリンクバーだけ注文してクリスマスパーティを楽しんだのだった。
◆◇◆◇
ショウコとサトコは麻雀部にとても興味を持った。実をいうと常々気になってはいたのだ、財前先輩といつも何を話しているのか。なんで毎日一緒にいるのか。と。
それは麻雀部で一緒だからだよとアンが教える。
(あんまり言いたくないんだけどな。理解してもらえるかな)と…… 不安を抱えながらも告白する。すると……
「えっ、チョー素敵! 麻雀ってかなり知的なゲームよね。竹田さんあんな難しそうなゲーム出来るの?!」「財前先輩が麻雀する姿。カッコいいんだろうなあ」と、ちょっと予想してたのと違って好感触だった。知らなかったが、どうやら財前カオリは密かに後輩女子からも人気があったようだ。
「ねえそれ、私達も見に行っていい?」
「私達の部活は料理研究部で毎日活動してるわけじゃないから」
そう言って2人は麻雀部に仮入部することにした。
◆◇◆◇
一方スグルは悩んでいた。正直言って雀荘『ひよこ』では自分の実力をこれ以上高くすることは難しい。ここには自分を高めてくれそうな強者はいないのだ。
悩んで出した結論。それは――
「マスター。おれ、来月いっぱいでここを辞めようと思う」
「どうしたんだ急に」
「もっと強くなりたいんです。そのためには東京かなって」
「意外だな。スグル、おまえまだ向上したいという情熱を持っていたのか」
「自分でも意外なんですけど、妹の影響かもしれません。妹とその友達の麻雀熱がうつったかな」
「……そうか」
スグルは強くなるために上京することを決意した。
33.第十話 みんなで初詣 冬休み中にアンはショウコとサトコに麻雀をたっぷり教えた。ショウコもサトコも中々ルールを覚えられず苦戦したがそんな相手に教えるという経験がアンには新鮮でやり甲斐を感じた。すると「わかったわ!」とショウコがふと言い出した。「なにが?」「麻雀は料理よ。与えられた具材でいかに最も価値ある一皿をムダなく手早く作ることが出来るか。そういうことじゃないの?」「すごい! その通りよショウコ」「だとしたら私たちには出来る。だって私たちは本来は料理研究部。料理を科学することの応用で麻雀も科学してしまえばいい」 この日の気付きをきっかけに料理研究部の2人はその後、麻雀研究家としての才能を発揮していくのであった。──── 元日 麻雀部は勢揃いしていた。佐藤スグル、財前マナミ、財前カオリ、佐藤ユウ、井川ミサト、竹田アンナ、倉住ショウコ、浅野間サトコ、三尾谷ヒロコ、中條ヤチヨの計10名である。「カオリは着物を着てきたんだ。似合うね~。素敵な色」「ありがと、これはおばあちゃんが昔着てたものなんだ。気に入ってるの」「おばあちゃんって昔は優秀な巫女だったって話のあのヨシエおばあちゃん?」「そう、おばあちゃんは舞が上手で有名だったのよ。最初は私じゃなくて(前の)ママにあげたらしいんだけどママは胸がこう、やたら大きかったから上手く着こなせなくて私が貰うことになったの」「あー、カオリはぺったんこだもんね」「うっさいな!」 受験を控えた3年生もこの日だけは集まった。今日は部活のみんなで鹿島神宮(かしまじんぐう)に初詣だ。鹿島神宮の神様は勝負の神様だ。麻雀部としては行かない手はない。 ワンマン運転の大洗鹿島線(おおあらいかしません)は麻雀娘たちを乗せて神様の元へと進んで行く。鹿島神宮到着「大きな鳥居ねー」と入り口の大鳥居をミサトが見上げる。ミサトはこちらに引っ越してきてまだ1年も経ってないので鹿島神宮へ来たのは初めてだ。佐藤家も引っ越してきて間もないが親戚がこの近くに居るので来たことは何回かある。他のみんなも少なくとも一度は来たことがある場所だったのでミサトだけが初めてだった。「おみくじでも引くか」とミサトがおみくじを買いに行く。 占いや迷信を好まないミサトもおみくじは引いてみたいようだ。こういうのは信じる信じないとかではなく『年
34.第十一話 アリスラーメン お詣りを済ませた麻雀部一行。よく見たらスグルがいない。「あれ? お兄ちゃんいない」「はぐれたの? 子供じゃあるまいし」「私達は子供だけどね」「じゃあ私達が実ははぐれたってこと? 1対9だけど」「いやそれは変でしょ」 と話していたらスグルが現れた。「どこ行ってたの? お兄ちゃん」「ちょっとこれ買ってた。ほらお前も」 それは学業のお守りだった。「受験生の分は買ってきたから、3年生のみんなは頑張れよ!」「「ありがとうございます!」」 カオリはもう神様の存在は信じざるを得ないのでこういうアイテムは本当に嬉しかったし、信仰心ゼロのミサトも、そうは言ってもお守りを渡されればその気持ちが嬉しかった。「お兄ちゃんったらホンっとイケメンなんだから! ありがとうね」「おう、じゃあそろそろ腹減ってきたしなんか食うか!」 するとミサトがケータイを開いて地図を見せてくる。「実はココに行ってみたいなっていうお店があるの。『アリスラーメン※』って言うんだけど」「住所はみやなか7丁目…… ちょっと遠いんじゃない?」「ま、いいんじゃない? 少し歩いて疲れた方がお腹もすいて美味しく食べれるわよ」「ミサトはタフだからなあ。でもまあそれもいいか! 歩こう」 場所を知らない状態で歩くのはけっこう時間がかかった。「あ、見てミサト。あれの読み方『みやなか』じゃなかったみたい」見てみると交差点の名前にKyucyu-Koban-Maeとある。きゅうちゅうこうばんまえ。「あーー『宮中』ってきゅうちゅうだったんだ」「神様がすぐそこにいるからだね」 一行はそんな事を話しながら歩く、そろそろ疲れたな。まだかな? 道はまっすぐ行くだけだと思うんだけどなぁ。と思っていたら……「あった! あれだ」 今歩いている道の先。道が左に曲がるカーブになっている所にアリスラーメンはあった。探しながら歩いたから遠い感じがしたが場所を知ってしまえばそんなに気になるほどの距離ではなさそうだと思った。 10名は多いので2カ所のテーブル席に案内された。店内はとてもきれいでラーメン屋というより小洒落た焼肉屋に近い作りだった。「ミサトはよくこんな良いところ知ってたわね」「せっかくみんなで初詣に行くんだから美味しいものを食べに行きたいなって思ってずっと調べてた
35.第十二話 それぞれの進路 アリスラーメンでの食事を終えたら3年生とスグルは真っ直ぐに帰ることにした。受験生たちは今日も勉強だからだ。なにせ受験は今月である。休んでいる暇はない。要領のいい麻雀部の3年生たちはそこまで切羽詰まってなかったが、それでも今こそが正念場なので毎日勉強をしっかりやった。 要領よくやる、というのはつまり効率よくやること。それは麻雀の才能とも言えるので麻雀部一行はほとんどみんな何をやるにも要領が良かった。効率に弱くて麻雀が強くなれる訳がない。 とくにカオリは受験を一発でクリアさせることにすごく気合いが入っていた。(絶対一発で合格してみせる。さっさと合格して…… 一刻も早くまた麻雀をするんだ!)そう思っていた。そして…… 麻雀部の3年生たちは全員現役で大学に合格。「良かった~。これでまた麻雀して遊べるね!」「早く麻雀したいから勉強頑張れたようなものよ」「それ、私も」「なんだ、みんな同じね」 4人は春から大学生になる。────「お世話になりました。今日まで、本当にありがとうございました」「いつでも帰ってこいよ」 スグルは雀荘『ひよこ』を辞めた。新たな扉を開いて挑戦していくつもりで上京を決意した。妹にバレたら動揺して受験に響くかもしれないから妹の受験が終わるまで待ったが、どうやら受験の手ごたえはバッチリのようだったので合格を確認する必要も無さそうだ。スグルは家を出ると妹にメールを送った。“しばらく家を出る。部屋は使っていいけど綺麗にしておいてくれよ。今後は
36.ここまでのあらすじ謎の声の正体は伍萬の付喪神だった。カオリは付喪神にコーチを受けて成長していく。そしてこの春からついにカオリ、マナミ、ミサト、ユウの4人は大学生となる。【登場人物紹介】財前香織ざいぜんかおり通称カオリ主人公。読書家でクールな雰囲気とは裏腹に内面は熱く燃える。柔軟な思考を持ち不思議なことにも動じない器の大きな少女。財前真実ざいぜんまなみ通称マナミ主人公の義理の姉。麻雀部部長。攻撃主体の麻雀をする感覚派。佐藤優さとうゆう通称ユウ兄の影響で麻雀にハマったお兄ちゃんっ子。誘導する戦略に長けている。優しい性格の女の子。竹田杏奈たけだあんな通称アンテーブルゲーム研究部に所属している香織の学校の後輩。手牌読みの才能がある。佐藤卓さとうすぐる通称スグル佐藤優の兄。『ひよこ』という場末雀荘のメンバーをしている。人手不足からシフトはいつもランダム。自分の部屋は麻雀部に乗っ取られているがそれ程気にはしていない。井川美沙都いがわみさと通称ミサト麻雀部いちのスタミナを誇る守備派雀士。怠けることを嫌い、ストイックに生きる。中條八千代なかじょうやちよ通称ヤチヨテーブルゲーム研究部所属の穏やかな少女理解力が高く定石を打つならコレという判断を間違えない。三尾谷寛子みおたにひろこ通称ヒロコテーブルゲーム研究部所属の戦略家ゲームの本質を見抜く力に長けていて作戦勝ちを狙う軍師。womanカオリにだけ届く謎の声。いつも出現するわけではなく、時々現れては助言をしてカオリを勝利へ導こうとする。その4第一話 マナミの告白 カオリたちは大学生になった。水戸駅からバスで25分の所にある朱雀谷大学へ通うことになる。大学生になって何が大変かと言えば朝の着替えであった。今までは休日以外は制服を着ていれば良かったが大学生には制服がない。オシャレに疎いカオリたち麻雀部はこれには参ってしまった。「ねえ、マナミ。これ変じゃないかなあ?」「知らないわよ。私だって分かんないんだから私の意見をあてにしようとしないでよ」 毎日私服となると服のレパートリーが圧倒的に足らないことに気付いた。「カオリ。明日、服買いに行かない?」「行く」次の日 カオリたちは水戸駅周辺をブラブラしながら買い物をして歩いた。その日は一日
37.第二話 変わった宝物 私、財前マナミ。私にはちょっと変わった宝物があるの。それは麻雀マット。牌にも思い入れはあるけど、私の宝物はマットの方なの。なんでかって言うと話が少し長くなるんだけど聞いてくれる? 石井家は父と母と姉と私の4人家族でした。 小さい頃は4人でよくコタツの裏を使って麻雀をしてた。私はお姉ちゃんに教えてもらいながらだったけど6つ上のお姉ちゃんは丁寧に私がわかるように教えてくれたからあまり分かっていないなりに楽しく遊べた。 でも、そんな時代は長く続きはしなかった。だってお父さんとお母さんはそのうち離婚して私たちは小さなアパートに引っ越してしまうから。 私が麻雀を好きだったので牌は持ってきたけどコタツは買い替えたから裏面にしても緑のラシャが無かった。だからお姉ちゃんが買ってきてくれたの、麻雀マットを。あれはお姉ちゃんが私にくれた初めてのプレゼントだった。 私はそのマットを大事にしたわ。使う度にコロコロして。シワにならないように丁寧に扱って。そのうちにお姉ちゃんは自立して家を出て行ってしまうのだけど、私はいつかお姉ちゃんが帰ってきた時はまた遊んでもらおうと思って牌とマットを大切に管理した。特にお姉ちゃんに買ってもらった麻雀マットを大事に大事に扱った。 その後、お母さんは財前さんと結婚した。──────────────────《……で今に至る。というわけでラシャの付喪神が現れたみたいですね》(マナミの過去の記憶までわかるんだ)《とーぜんよ! わた…… 時間切れでwomanが消えた。カオリはキーホルダーをツンとつつく。(なんて言ってたの)《2回言うの恥ずかしいんですけど…… とーぜんよ! 私は神様ですよ? って言いました》(それ、2回言うの恥ずかしいね) クククとカオリは静かに笑う。《もう…… カオリのイジワル!》(でもそっかー。マナミにそんな過去があったのかー) カオリはマナミのお姉さん、つまり自分にも義理の姉である石井奈央(いしいなお)には1回だけしか会ったことはないが、この過去の記憶からとても優しい人なんだなと知って嬉しい気持ちになった。《能力のことはマナミさんには言わない方がいいかもしれませんね。彼女の能力もだし、私の存在も。知らないままの方が都合の良いこともあります。それに、きっとラシャの付喪神様は
38.第三話 働こう! 少し離れた土地で麻雀をするだけ。それだけのことかもしれない。 牌はいつもと変わらないし、ルールもほぼ同じでやる事は一緒。 だが、この一戦はスグルには大きな挑戦だった。『東京で勝つ』そういう意味があった。 自然と指に汗がにじむ。いつも通りの麻雀なはずなのに緊張して固くなる。(落ち着け…… 毎日やってることを今日もやる。それだけだ) 少し手が震える。格好悪い。止まれ。震えるな。止まれよ。 スグルがそう思っても簡単に制御できるものでもない。震えは気付かれませんようにと願うしかないが、多分全員気付いてる。みっともなくて恥ずかしい。 せめて、せめて麻雀は勝たないと。みっともない姿でみっともない成績を出すことなど絶対あってはならない。男として。 だが、それは叶わないことになる。スグルの東京挑戦初日はボロ負け。(だめだ、使い物にならないと思われたに違いない。畜生! 畜生畜生!!) そう思っていたスグルだが。「佐藤さんお疲れ様。今日はついてなかったけどスタッフには向いてるね。初めてで緊張したんでしょ? そのくらい気を引き締めてるような人の方が私はこの仕事に向いていると思ってる。初めてなのに気を緩めてるような人は信頼できないしね。明日からもよろしく頼みます。ウチに来てくれてありがとう」と萬屋(よろずや)に言われた。萬屋は人を見る目がある。「こちらこそ、ありがとうございます。よろしくお願いします」 散々な成績を出した初日だったがスグルの性格を萬屋マサルは初日で見抜きそれ以降萬屋マサルは佐藤スグルを自分の右腕になれるよう仕事に麻雀にと仕込んでいくのであった。 ◆◇◆◇「そうだ。働こう!」 財前姉妹はアルバイトをしようと思い立つ。それはもちろん修行のため。となるとそのバイト先はもちろん雀荘だ。雀士にとっての修行先など雀荘しかない。いや、他の仕事でも修行にはなるが、せっかくなのでやはり麻雀を仕事にしたい。「スグルさんが働いてたとこなんていいんじゃないかな。スグルさんが辞めて募集をかけてる最中のはずだし」「なんて言ってたっけ?」「『ひよこ』って言ってたわよ確か、そこ行ってみよう」 まずはどんな所にあるのかを確認するため2人はひよこへと行ってみる。『ひよこ』は水戸駅から徒歩15~20分かかるかどうかの所にあった。 「と
39.第四話 雀荘ひよこの新スタッフ「せっかく真面目なやつが来てくれたと思ってたんだがなあ」 マスターは誰もいない店内でそうポツリと呟いた。強いやつ、ズルいやつ、賢いやつ、モテるやつ、悪さをするやつ、色んなやつと働いてきた。この店を作ったその時から、自分の店を任せて安心なやつを求めて人を探してた。(アイツになら、継がせるのも良かったと思っていたが、まだアイツは麻雀を強くなりたいという情熱があったようだ。……武者修行に出たいから辞めますなんて、やっぱりアイツは真面目そのものだなあ)「ふふ」 マスターは笑みが溢れた。スグルが行ってしまったのは痛いが、その行動こそ、スグルらしいなと思うと笑ってしまう。(頑張れ) ただそう思った。アイツに大きくなって欲しい。挑戦者であって欲しい。 午前中の店内はまだ誰もいなくてマスターは1人で朝の仕事をやっていた。 前日の片付けやフードメニューの仕込みなどやるべきことは割とある。 するとガシャンと扉が開いた。ずいぶん早いが誰だろうか。「いらっしゃいませ!」 入ってきたのは場違いなくらい若くて綺麗な2人だった。「えっと、4名様かな?」 こんな時間に来客とは珍しい。多分、貸し卓の新規客だろう。にしても綺麗だ。雀荘に来たのは何かの間違いではないだろうか。「いえ、私達フリーで少し打とうと思って来ました。でも、すぐに出来ないなら出来ないでいいです。本題から済ませるので」 フリー? 本題? どういうことだ。「アルバイト募集してませんか? 私達ここで働きたいんです。土日祝日だけになりますけど。良ければ雇ってください」「えっ、どういうこと?」 マスターは驚きのあまりワケのわからない返しをしてしまった。こんなに驚いたことは今まで生きてて初めてかもしれない。「ですから、ここでアルバイトを。土日祝日だけ。どうですか? と」「このお店は麻雀をするとこだけど?」「もちろん分かっています」「私達は高校生のころ佐藤スグルさんに鍛えてもらったんです。今は大学生なので年齢は問題ありません」 これは夢だろうか。スグルがいなくなったと思っていたらスグルの弟子がやってきた。しかもこんなに綺麗な女の子が2人だときてる。「……えっ、と……分かりました。じゃあ採用するのでシフトを作りましょう。初日は2人とも来てもらうけど、基本的には
40.第伍話 一番大切な顧客 スグルは『富士』で身内からの信頼をあっという間に得ていて、1ヶ月もする頃には遅番に居なくてはならない存在となった。 というのも、スグルは信頼獲得のとても単純で簡単な方法を分かっていたから。それは誰よりも早く出勤すること。それだけだ。 スグルは30分前には必ず出勤していた。たったそれだけだが、それは《私はやる気があります!》というメッセージを与えるには最も効果的な手だった。信頼されてないということは不利なこと。そこに気付いているスグルなので必ず早く出勤して信頼を勝ち取った。◆◇◆◇ その頃、財前姉妹はそのスグルの考えを社会に出る前に知っておいて欲しいこと、として教えてもらっていたからさっそく実行していた。30分前出勤 これを実行するだけで高評価になるならやるべきだ。とくに麻雀業界は必ず反対番がいるので自分らを早く帰してくれる反対番の存在はもはや神よりもありがたい。既に12時間労働しているのに反対番が中々出勤しないがために本走で残業などあってたまるかということだ。 身内に感謝されないスタッフが店に良いスタッフであるわけはない。まずは身内に好かれる人であれ。それがスグルの教えであった。雀士は雇われであれ個人事業主のようなもの。身内とは接点が一番多い、つまり身内こそが一番大切な顧客なのである。 お客様だけが顧客ではない。自分にとっての顧客とは対局相手となりうる全員のことだと知ること。そう、スグルは教えてくれた。 この世に敵はいない。いるのはお客様だけ。それがスグルの考えなのだった。 さて、アルバイトを始めたので麻雀部へと顔を出す時間が減った財前姉妹だが、麻雀部はそれでも変わらず稼働していた。特に、向上心のあるショウコやサトコが料理研究会の無い日は毎回来るのでアンとユウはほとんど毎日2人に基礎戦術を教えていた。「理由もなく切る牌はない。その牌が打たれたという現象の裏にはそれをさせた理由が必ず付いてくる。影から光を知るようにそれを読み取るのが読みの一歩目」とアンは読みを教え。「読みがあるなら読まれもある。相手はどう読み取るかを把握して読ませて誘導するのが罠作りのファーストステップよ」とユウが教える。 最初は基礎手順すらちんぷんかんぷんだった2人だが、全員のレベルがハイレベルな環境にいたからか、あっという間にこれらの会話
58.第十一話 ネット雀豪 この頃、ネット麻雀界には2人のネット雀豪(じゃんごう)がいた。その名は『よにんめ』と『JINGI』。 この2人に共通することは守備力がとてつもなく高いということ。特に『よにんめ』の守りは鉄壁で打ち砕こうとするだけ無駄な労力となるのでツモにかけた方がいいという結論になるくらいだ。『JINGI』の方は時折変わったことをしてくる奇抜な打ち手で、こちらも同じく守備力は高いが、その守り方はセオリー外のもの。まるで心の中まで読み切っているような鋭さと型にはまらない柔軟性があった。 この2人の二大巨頭に割って入ってきた成績優秀者がいた。『woman』である。 womanの麻雀は攻めて良し! 守って良し! の完全無欠。それはもう人間技ではない成績を叩き出していた。(実際、人間ではないのだが) 本気のwomanはカオリの予想を超えて強かった。どうしてそのテンパイを外せるのか? なぜ、闇テンに気付けるのか? 面白いことばかりで見てるだけでとても勉強になった。「womanのためにパソコン買って本当に良かったわ。おかげで私の麻雀の常識枠がどんどん拡張されていくもの」《私も自分の麻雀ができるのは本当に楽しい。カオリ、ありがとう》《あっ、そのテンパイは取らないでください。一旦七萬を落として迂回しましょう》《あら、いい所が残りました。このカンチャンならリーチしましょう》《今回はもうアガリは必要ありません、今のうちに安全牌を抱えて一局やり過ごしましょう》などwomanの指示を聞いてカオリはマウスをクリックした。――数時間経過――《カオリ、疲れてきてませんか?》(womanは気遣いも出来るのね)《もう、口開くのも億劫なほど疲弊してるじゃないですか》(womanの選択が自分と違う度になんでなのか考えてたら疲れちゃった)《早く言って下さいよ! じゃあこれでやめにします》(だってwomanが楽しそうにしてたから)《全く、カオリは優しすぎますよ。……ありがとうございます》 その後、正体不明の最強ユーザー『woman』は平均順位1.99という、ありえない好成績を出して業界では知る人ぞ知るプレイヤーとなり『よにんめ』や『JINGI』が所属するトップグループに怒涛の勢いで入り込むことになるが、その話はまた後ほど――
57.第十話 woman誕生『ドアが閉まります。ご注意下さい。次の電車をご利用下さい』ピンポーンピンポーン「だあああーーー! 待ってえええぇ!!」 滑り込むように乗り込む女がいた。迷惑な女である。大会本戦に向かう佐藤ユウだ。(はー、危なかった。あんなに早起きしておいて遅刻したりしたらシャレにならないわ)「はあ、はあ、はあ、ふーーーー……………。……………………あっ!!」(せっかくテンマくんに会えたのに連絡先交換してない!!) 奇跡の再会を果たしたというのにその機会を無駄にしたことにこの時になって気付いた。(私はなんて愚かなんだろう。買い物袋の中身なんか見せてる時間があったら電話番号でも聞いとけっていうの!) その後悔があまりにも大きくてモヤモヤとずっとテンマのことを考えていたら今度は降りる駅で降り損なう所だった。「やばっ!」 急いで降りた。なんとか試合には間に合いそうだ。しかし……。「あっ!! 袋!」 池袋で買い物した袋を電車に忘れてきてしまう。取りに行く時間はない。「もうやだ」 自分のドジさ加減にほとほと嫌気がさした。ふつふつと怒りが込み上げてくる。「この怒りはもう、優勝することでしか癒せないわね」そう呟くと怒りを闘志に変えて本戦会場へ気合いバッチリで突入するユウなのであった。「許さん!」 時刻は午後1時 謎の怒りを力に変えて佐藤ユウが本戦に挑む――◆◇◆◇ その頃、カオリはバイト代が入ったので新しいパソコンとゲームを買った。本格通信対戦形の麻雀ゲームだ。 まずはオフラインで試し打ちをしてみる。カオリ手牌一二三伍伍伍②④4568発 ドラ5 配牌で『伍萬』が暗刻子である。(見て! 好配牌よwoman)カオリはそう脳内で言ったが反応がない。(あっ、そっかゲーム機だった。さすがにデジタルじゃwoman出てこないよね)ツモ四打発一二三四伍伍伍②④4568ツモ3打一二三四伍伍伍②④34568ツモ③打8ダマ二三四伍伍伍②③④3456ツモ2打伍『リーチ』二三四伍伍②③④23456(データのwomanごめんね! さすがに切るよ!)ツモ4『ツモ』(あら、1番薄いとこ一発でツモった!)二三四伍伍②③④23456 4ツモ『倍満』 その後も簡単にアガり続ける。(やっぱりオフラインの1人プ
56.第九話 テンマとユウ 大会本戦会場は少し遠かったがスタート時間が午後1時からという遅めの開始になっていたので、これ幸いとその日は早起きして上野からまず池袋へ行った。はっきり言って遠回りなのだが池袋をウロウロする時間はある。池袋はオタク女子の聖地だ。東京まで出るついでにとユウはオタクグッズ専門店を見に行ったのだ。 あらかじめ調べておいた駅から曲がる回数の少ないルートで迷わないように行こうと思っていたがどうやら出だしから地上にあがる出口を間違えたらしい。初っ端から時間をロスする。(あれえ、絶対ここじゃないな。どうしよう、わかんなくなってきた。他人に聞くのもなんだか恥ずかしいし、お巡りさんにも頼りたくない。オタク女子かあ。って目で見られくない。私は隠れオタクだから) ──── かなり道に迷ったがついに到着。ユウは店内に入ってすぐ店員さんに目的のグッズの売り場を聞くことにした。ここまで来たらもう聞くのは恥ずかしくない。 欲しかったものを買ったらすぐに退散した、本当はもっと見たいけど小腹も空いていたし時間も迫っていたしで仕方ない。 店員さんに駅までの最短距離を聞いて真っ直ぐに向かう。(ちょっとだけなら時間あるかな)そう思って駅ビル内の喫茶店でコーヒーと軽食を済ませることにした。(ふう、美味しかった。ごちそうさま) そろそろ時間ないな。と急いで出ようとしたその時、店内に知ってる顔を見つけた。「天馬くん!?」 そこにいたのは中学時代の同級生。泉天馬だった。◆◇◆◇ 僕は泉天馬。僕と佐藤ユウは中学時代の同級生で当時はとても仲良くしていたし、1年
55.第八話 ラーシャツンツン カオリが赤伍萬のキーホルダーをつついてwomanを呼び出す。《なんですか? カオリ》(別にぃ。声聞きたいなと思っただけ)《なんですかそれは。恥ずかしいな。もう……。神の無駄遣いはやめてください》(なんか減るの?)《無尽蔵ですけど……》(今日はね、ラシャの付喪神さんの名前を考えようと思って)《なんだ、用事あったんじゃないですか》(一応ね)〈……わ、私の…… 名前?〉(そうですそうです。せっかくキレイな声してるから)〈照れます〉……………(あれ? もしかしてwoman消えてない?)《まだ居ますよ。考えてただけです。でもそろそろなんで消えるの面倒だからカオリが握ってて下さい》(ハイハイ) カオリはキーホルダーを勉強机の電気スタンドから外して手でギュッと握る。〈私はラシャでいいですよ。その通りなんだし〉《……わかった! 『ラーシャ』とか。可愛くないですか!》「それいい!」《あっ! カオリ! 声出てますよ》 部屋にはマナミは居なかったが奥の部屋でお母さんが仕事してた。「カオリなんか言った~?」「んーん。なんでもないの。サッカー観て応援してただけー! 『それーー!』『がんばれーー!』って」「ふーん」 こうして、ラシャの付喪神の呼び名はこの日から『ラーシャ』になった。◆◇◆◇
54.第七話 サッカーと将棋 棋士の竹田シンイチは親戚の家に遊びに来ていた。 かわいいイトコの杏奈(あんな)とたまには遊んぼうと思って連休を利用して茨城まで会いに行ってみたのだ。 杏奈のお母さんから聞いた話では受験生なのに麻雀ばかりしてる。でも成績はいいので文句は言えないが心配だという。そう言う情報が入ってた。なので、気分転換がてらちょっと様子を見に行こうということになったわけだ。 その日は暑くも寒くもなく絶好の外出日和だった。「久しぶり、杏奈ちゃん。元気にしてたかい」「シンちゃん。珍しいじゃん! 一人で来たの? 将棋やる?」「将棋もいいけど外が天気いいし暖かいからちょっと散歩しようよ。将棋はいつでも出来るしさ」「いいよ! ちょっと着替えてくるから待っててね」と言ってアンは見ていたパソコンを閉じて出かける準備を始めた。「デートじゃないんだから適当でいいぞ」「元々デート用の服なんか持ってません。相手いないし!」とアンは膨れる。「不思議だな。杏奈はこんなに可愛いのに」とシンイチは杏奈のアタマを撫でた。「そうよね! おかしいよね! みんな振られると思ってるのかな? とりあえずチャレンジしてみてくれればいいのに。じゃ、ちょっとお茶でも飲んで待ってて、3分で準備するから」────「お待たせ!」 それなりにめかし込んでくるかと思ったがアンは本当に適当に着替えただけで出てきた。でも、それでも十分に可愛い。「どこ行くの?」「古本屋でも行こうか、ちょっと行ったとこにあったろ」「丁度いい距離ね。わかった。いいのあったら買ってね!」「わかった。じゃあ行こう」 そう言って2人は散歩に出かけた。
53.第六話 泉天馬の1人旅 その頃、佐藤ユウはアマチュアの参加可能な麻雀大会にさっそく申し込みしていた。相棒のアンはまだ年齢的に参加できないし財前姉妹やミサトはプロ予選からの参加なのでアマチュアのユウと同じようには参加出来ない。プロはプロだけで別日に予選が行われて勝ち上がらなければならないのだ。なのでユウは麻雀部ではひとりきりの予選参加となった。(予選会場は上野かあ。遠いけど乗り換えはないから行きやすくて良かったあ) こうしてユウはひとり、夢への第一歩を踏み出すのであった。◆◇◆◇ 泉(いずみ)テンマは納得できなかった。 ここはフリー麻雀『牌スコア』 前日に成績が良くないスタッフを守れというミーティングをしたその舌の根も乾かぬうちに3卓6入りの指示を出すオーナーにテンマは辟易していた。3卓6入りとは。卓が3つ稼働していて、そこにスタッフが6人入って卓を回しているということ、つまりは2卓2入りで充分なのである。 なぜオーナーがそんな事をするかと言うとスタッフからもゲーム代は巻き上げるシステムだからだ。 店の人間であれゲームに参加してればゲーム代は払ってもらうというのがこの業界の常だった。しかし、だからと言って3卓6入りのようなあまりに露骨なことはしないのもまた経営陣の掟である。まして、前日のミーティングで負けてしまうスタッフを守りましょうとか言ったなら尚更だ。 テンマは決して負けていなかったが、このオーナーの汚いやり口が気に入らない。ミーティングごっこもうんざりだ。こんな所で働いてたら自分もオーナーの食い物にされるだけだと思っていた。 そんな中、それでも歯を食いしばって働いたが、ある日オーナーが自分の身内を3人連れてきて4卓8入りに伸ばした。いま、2卓丸で平和に回してる所からである。 テンマはついに堪忍袋の緒が切れた。「ヒカリさん。悪いけどおれ辞めます。いまはツイてるけどいつか不調が必ず来る。その時に全然守ってくれない店では働いていけない。今日までありがとうございました。今月の途中までの給料分は今レジから貰っていきますので」「おっ、おい待てよ泉!」 レジに85000円と記帳するとレジ金を引っこ抜いて泉テンマは去っていった。本当は90000円弱あるのは知っていたが、約5000円は突然辞めることでかける迷惑料として置いていくことにした。
52.第伍話 オリジナル戦術書 その日、バイトから帰ってきたカオリは家に誰もいないことを確認するとキーホルダーをツンとつついた。「ねえwoman」《なんですか?》「マナミが伸び悩んでる感じがするんだけど、何かアドバイスできないかな」《ラシャの付喪神様は無言みたいですからね。ちょっと間違ってるとお知らせしてくれるだけで基本的にはマナミさん自身に任せてますよね》「何か効果的な練習メニューとかないの?」《そうですね、私なら……》「私なら?」《自分オリジナルの戦術書を作ります》「自分で?! そんなこと出来ないよ!! 未熟も未熟。私たちはまだ素人みたいなもんなのに!」《何言ってるんですかカオリ。あなたもマナミさんも今はもう競技団体に所属している、まごうことなきプロ雀士なんですよ。忘れたんですか?》「そ、それはそうだけどぉー」《やってみればカオリには出来るはずです。カオリは文章を書くのは得意じゃないですか。マナミさんにも書き方のコツを教えながら2人で作ってみたらいいんです。やり始めればきっと楽しいですよ。日記だってカオリは楽しそうによく書いてるじゃないですか》「例えばどんなことから書いたらいいかな」《そ……(あ、消えた) カオリは再びキーホルダーをツンとつつく。「で、例えばどんなことから書いたらいい?」《そう言うのはまず自分で考えるから意味があるんですよ、カオリ。でも、強いて言うならまずは基礎からじゃないですか? 私ならスタートは基礎から。確実で、それでいて出来ていない人もたくさん居そうな。そんな自分の中で一番気をつけてる『構え』から入るかもしれませんね》(ふむ、なるほど)「ありがとう、woman。マナミと一緒にちょっと考えてみる!」《これでマナミさんが一皮剥けるといいです
51.第四話 人間読み その半荘は萬屋マサルのダントツだった。誰にも捲られることはないだろうという点差をつけてオーラスを迎えたマサル。そこに3着目につけている久本カズオがどう見ても2着すら捲らない安仕掛けで逃げを決めに来てた。 打点はおそらく2000点。あっても3900。満貫を狙えば2着を捲れるが、ラス目が千点差以内のすぐ近くにいるのでリーチ棒を出さない方針として考えた結果『ラス落ち回避のみを優先』とさせて安仕掛けで3着キープ狙いとなったのだ。 その時のカズオは(安いのは分かるように二色晒したからこれなら萬屋が放銃してくるな)とほくそ笑んでいた。 それを見たマサルはむしろカズオを徹底マークした。絶対にあがらせない。そう誓った。そして、長引いた末にラス目が追いついた。「リーチ!」 そこに対してマサルはカズオに現物の打⑦。「ロン!」 見事なメンタンピンだった。これをツモって裏乗せれば2着という仕上げ。「3900」「はい」「……2卓ラストです。優勝C席会社失礼しました。着順CDAです!」「2卓の皆様よりゲーム代いただきましたありがとうございます!」「「ありがとうございます!」」「それではゲームお待ちの2名様お待たせ致しました」 待ち席で待っていた人を卓にご案内して立番に戻るとカズオがマサルに質問してきた。「さっきのオーラス。僕の当たり牌持ってなかったんですか? 差し込みしてくると踏んだんですけど」「持ってたさ。いつでも差せた。4種類以上持ってたからどれかは当たりだっただろうな」「え? じゃ、じゃあなんで打ってくんないんですか」「態度が悪いからだ」「ええ?」「久本さんの考えていることはお見通しなんだよ。安い
50.第三話 知っているから分からない マナミは力を付けてきたので最近はずっとラシャの付喪神の出番はなかった。もう、現段階のステージでは見てなくても大丈夫だなと。 すっかり出番を失った付喪神だが、それこそが望んだことなので神様も満足して休んでいた。もう、マナミは現状放っておいても強い。とは言えまだ経験不足。分からないことはたくさんある。 マナミは分かる範囲で間違えないというだけだ。成長したらそれと共にまた分からない事は増えていく。 麻雀は知れば知るほど正解が難解に思えてくる。それは麻雀を知れば新しい解法を知ることにもなるから。 今まで足し算引き算しか知らなかった人にかけ算を教えるようなものだ。新しい解き方に気付くことこそが成長で、それを使いこなす為に更なる鍛錬が必要となる。 つまり、誰よりも知っているから分からない。そういう現象が麻雀にはある。 早くて、正解であっても、浅いのであれば最強とは程遠いということ。最高等級な正解を探求し、相手の力量も把握し、その中から今使うべき選択、ターゲットに対して最も効果的と思われる最適打を導き出せて初めて一流雀士への道のスタート地点に立てるというものだ。 とは言え、マナミはずいぶんと強くなった。なのにマナミはスコアをもっと伸ばしたいと常に思っていた。それは自分より上のスコアを反対番のカオリが出すから。(負けられない! 姉として、ライバルとして、そして…… プロとして! ……カオリにだけは負けたくないっ!!) そんな思いを抱いていた。 そうとは知らずカオリはwomanに習いながら勝ち続けていたのだが。◆◇◆◇ 一方、ミサトは麻雀部にプロ麻雀師団入りしたことを報告に来ていた。「というわけでー、私は麻雀部の誓いでもある『生涯雀士』の